2011年7月アーカイブ

小室直樹先生が亡くなる前こんなことを言っていたそうです。(橋爪大三郎さん談)
「日本人はもっとキリスト教を勉強した方がいい」
この言葉は、小室直樹の学問人生を象徴する言葉の様な気がします。

日本人は近代化するときに、近代のシステムは取り入れたが、その魂である一神教(キリスト教)は取り入れてこなかった。というのが小室直樹の著作の根底にあります。
これはキリスト教に改宗せよという意味ではなく、あくまで近代の成り立ちをよく勉強し、本当にそれが日本人が取り入れるべきものなのか、判断するべきだ、という事だと思います。(日本人はいい加減に近代を取り入れてしまった感があります)

著者二人は小室直樹の門下生なので、少々ヤラセ感はありますが(笑)
もう一度、小室直樹を一から読み直したいと思いました。


なぜ、キリスト教国から近代が発生したのか。(他の宗教からではなく)
(つまりそれは、なぜ、キリスト教国から、民主主義、資本主義、科学的視点、三権分立などの法制度、が生まれなたのかとイコールです。)

なぜ、科学者でありながら、敬虔なキリスト教徒という日本人からみると矛盾する事が成立するのか。

そして、なぜ、一神教を否定するような考え方"すらも"キリスト教から生まれてくるか。

ニーチェを喜んで読んでいる私が、何でキリスト教の本を読んでいるのかと言われましたが、ニーチェを理解するには、キリスト教というものがどれほど西欧諸国にとって根本的な役割を持っているかがわからないと、その偉業もわからないと思います。

レビューを見ると否定的な意見もありますが、この本の趣旨から考えて、それほど問題とも思えないです。
日本人の宗教観とキリスト教との距離を解明していくということだし、日本人にキリスト教への興味を喚起させたいということなので。