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2007年7月14日

芸術とコンピューター(心とは何か)

爆笑問題のニッポンの教養 FILE007:「哲学ということ」

が面白かった。不定期にやるこの番組、最近は毎回見てます。


0,心とは何か

心とは何かってテーマだったのですが、かいつまんで言うと、

蛇を目撃したとき、その蛇の体長が32.5センチだとして、その事は恐らく属性として誰から見ても疑いようが無いはずだが、印象は大きく違う場合がある。

ある人は「怖い」といい、ある人は、「かわいい」という。場合によっては「ありがたい」って言う人もいるだろう。これは、心の問題になります。

哲学者 野矢茂樹さんは心とは一言で言うと、「その他」になるという。

つまり、多くの人にとって共通の認識になったものから「こぼれてしまうもの」。

これが世界であり、宇宙であるという共通認識に当てはまらなかった「その他」一切が心の作用であるということだ。

#私は哲学の教養があんまりないので、上記の言葉は私なりの翻訳したもので、誤用があるのはとりあえず、ご勘弁ください。(もちろん間違っていたら指摘してください)


1,非心=コンピューター?

その話を聞いたとき、そういえば、プログラミングの作業って、いかに心を介在させないかという作業に近い気がしました。
基本的にコンピューターが扱えるのは、共通認識として成立しているものです。
そこには「かわいい」は無いし、「怖い」は無いです。

もしコンピューターに「かわいい」や、「怖い」を認識させるためには、
それを定義しないといけない。
例えば、全長10〜30センチ以内で、素材は100%コットン、重さは50グラム以内、プラスチックが含まれる割合は5%以内で、比率2対3で頭部を体部に別れ、目部分の透過率は、、、、、抱きしめたときの柔らかさは、、、、、、、、。

こんなことを延々繰り返し、定義完了!と思いきや。

一人の女子高生の「ルー大柴ってかわいい〜」って一言に見事に打ち砕かれるわけです。(笑)

つまり、心をコンピューターに理解させるというのは恐らく無理なことで。
当たり前の話なんですが、コンピューターには心がないです。

む、ちょっと思いついたんですが、つまりコンピューターにとって「心」とはコンピューターの中には、定義されていないもの一切って事になります。
すると、エラーこそがコンピューターの心になるんだろうか?
そこら辺を追求していっても面白そうです。

でも実際は、コンピューターに「心」を知らず知らずのうちに求めている人は多いです。
そこで、システムエンジニアやプログラマーは悩むわけです。
実際、人間社会は心で出来ている部分が多いので、それは仕方がないことではあるんですが。


2,心=芸術?

太田光さんは、お笑いという分野で語っていましたが、美術も心を扱う仕事である事は間違いないです。

もともと心は、ばらばらに働くもので、それがある瞬間奇跡的に同じ方向を向くことがある。
人間はそれに感動する。
(それが良く起きることなら、当たり前になって感動しない。)

そういった奇跡的瞬間を作り出すために、多くの芸術活動はしのぎを削っているとも言えます。スポーツや、イベントもそうです。

エコロジー運動みたいなものは起きてくるんでしょうが、それは芸術的でなければ効果は無いでしょうね。

政治的ってのは、強制力(権力)を持って、問題の解決を図ろうという態度です。もちろんそれが必要な時もあるのは理解します。
そういえば、私の尊敬するヨーゼフ・ボイスは、芸術を政治の世界まで拡張しようとしたんですが、失敗しています。
芸術はあくまで、人間の心に作用する事で、人を行為に駆り立てます。芸術がクリーンなイメージなのはその為です。
もし、芸術によって政治を変える事が出来るなら確かに素晴らしい。
ただ、民主主義は強制力の正当性をかけて戦うわけですから。
強制力を持ってしまった芸術は、芸術であることをやめてしまうのは確かでしょうね。


3,芸術とコンピューター

この相いれない二つの分野にかかわってきたんですが、やはり心を扱うってのは相当にエネルギーが要ります。
もともと引きこもり体質なのか分かりませんが、心の問題に振り回されると、コンピューターの非心の世界がとても居心地良いんですよね。

正直、精神的に疲れたときはプログラミングとかしていると回復します。
(肉体的な疲労は別ですが)

美術のデッサンと同じ意味合いがあるのかもしれないです。
暴れる心を抑える意味で。

デッサンとは非心の作業ですよ。だから心を扱う仕事(芸術)のために必要なんです。そうしないと心のあり方を見失ったりします。

そういえば、一人の人の中にも、いくつもの心があるんじゃないかな。
さもないと、自分の中にもある混沌の説明がつかない気がします。

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